中田英寿さんはたしか20年程前に
原宿の駅前で大きなカフェを
経営されていたと思います。
よく通る道で、いつか入ろうと
思っていたところ、ある日ネスカフェの
看板に変わってしまっていて
「いつか」という考え方はダメだなと
反省した記憶があります。
ご出身の韮崎高校は
ノーベル賞を受賞された大村智先生の
出身校でもあり、
わたしも山梨を訪問する際、
大村先生が地元に建てられた
「温泉and美術館andレストラン」という
夢のような施設「武田乃郷 白山温泉」を
訪問したことがあります。
(冷たいほうとうが食べられます)
父方の祖母のおしえは
「鶏口となるも牛後となるなかれ」でした。
(父はよく、略したかたちで
「けいこうぎゅうご」と言っていました)
旺文社の創業者や
東急の社長(根津美術館)などの話を
私の父もよく口にしていました。
小学校へのピアノの寄贈などを通して
憧れの存在だったようです。
父は地元自慢で山梨市駅の近くの
書店のお嬢さんである林真理子さんを
とても誇りに思っている様子でした。
山梨県民は経営者志向があるのかなと
中田英寿さんを見ていると思います。
お土地柄なのかもしれませんね。
前置きが長くなりましたが
山梨県民は「お菓子」の定義が
おかしい(駄洒落でなく本当に!)という事実を
みなさんにお知らせする日が来ました(笑)。
小学2年生だったころ、ある週末に
八巻家は居間でチョコレートの
バラエティパックを楽しんでいました。
中にキャラメルが入っていたり、
板チョコだったり…
包装もさまざま、色とりどりです。
うちの父は描写が独特で、
その問題の発言以前にも
(チョコを一口かじり)
「これは…無垢(むく)だな」などと
まじめなのかふざけているのか
よくわからないコメントで
母とわたしをクスクス笑わせていました。
「無垢って木材なんかに使う言葉じゃない?」
のようなことを母は言っていました。
そしてフィンガーチョコレートを
少し太くした形状のものを一口
ぽりっと食べた父はこう言ったのです。
「あっ…お菓子!」
わたしはまだ子どもでしたが
父がなにか変なことを言ったということは
瞬時にわかりましたので
母と大笑いしまして
父の一連の行為は
「父さんのヘンテコエピソード」として
印象づけられました。
チョコが既にお菓子じゃん…
父さんてクッキーのことを
「お菓子」って呼んでたんだ…
ずっとあとになって中田英寿さんが
サッカー選手ではなく経営者として
テレビで何かのインタビューに
お答えになった際
「お菓子とか…」というひと言を
わたしと母の耳は逃しませんでした…
中田さんの「お菓子」の語法も
父と同じだったのです。
「やっぱ山梨の人って
クッキーのことお菓子って言うんじゃん!」
そのことで大騒ぎしてしまい
何のインタビューだったのかは
全く覚えていません(赤面)。
何十年ぶりかで壮大な答え合わせをした
母とわたしは大層満足していました。
そのような理由で、中田英寿さんには
とても親しみを感じます。
(かっこいいけどちょっとおもしろい)
先日、槇原敬之さんのラジオ
FM COCOLO 「Sweet Inspiration」で
中田英寿さんがカッコいい!
ということが話題に出ていて
中田さんの突然の登場に
驚き、じわじわときてしまいました。
今年もそろそろ山梨を訪れる季節が
やってきました。