志茂田景樹さんの思い出

2026年04月12日 05:45
カテゴリ: 東京

おはようございます。

会社員時代は
赤坂見附の駅を
よく利用しました。

わたしは丸ノ内線の
南阿佐ヶ谷という駅の近くに
住んでいましたので
会社は溜池山王(ためいけさんのう)
にありましたが
赤坂見附(みつけ)で電車を降り
東京は一駅の区間が短いですから
山王まで歩きました。

仕事が終わると
ある日は赤坂見附から迎賓館の前を通り過ぎ
四谷三丁目から電車に乗ったり
そのまま世界堂の前を通過して
新宿まで歩いたり
東日本大地震のあとは
自分の家まで歩いてみて
何時間かかるのか測った日もありました。

青山墓地の脇の静かな道を通り
原宿に抜けたり渋谷に出たりした日も
ありました。

原発の事故のあとは
東京電力ビルの電子(でんこ)ちゃんの
パネルをながめて
ため息をついた日もありました。

ある日、赤坂見附の大きな交差点で
なんとなく自分の右側を見ると
志茂田景樹さんが信号待ちを
していらした姿をお見かけしました。

わたしもそのまま静かに
信号が変わるのを待ちます。

東京はそういう場所でした。

信じてもらえないかもしれませんが
同じ交差点で2011年頃
蕎麦の出前の自転車を見かけたことがあります。

サザエさんに出てくるような
右肩に蕎麦の蒸籠(せいろ)を
たくさんかついだ「ザ・出前」の姿です。

志茂田景樹さんが今も変わらず
たくさんのものを書いて
暮らしていらっしゃるニュースを
昨日拝見しました。

とても嬉しく思います。

高齢になったとき
体が不自由になったとき
どうなるのか

誰もが関心のある分野のことを
発信してくださることに
感謝しています。

写真は藤枝駅近くの八重桜です。
藤枝は昨日もとても静かで
おでかけの車で道は混んでいたようですが
私の歩く道は人もおらず
よい春の散歩道でした。

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